パーソナルツール
現在位置: 環境ホルモン濫訴事件の記録 / 被告(中西)の提出書面 / 乙11号証(陳述書)(2006/08/24)

乙11号証(陳述書)(2006/08/24)

乙11号証(被告・反訴原告:中西氏提出書類)

本件訴訟は2007年3月に第一審判決が言い渡され、既に確定しています。このページは、ネット上の表現を巡る紛争の記録として、そのままの形で残しているものです。


陳 述 書

2006年8月24日
横浜地方裁判所 第9民事部ろ係 御中

住所 横浜市*****
氏名 中西準子

 

1.研究歴等について
1−1)経歴について
<1962年> 横浜国立大学工学部化学工業科を卒業し、東京大学大学院工学系研究科に入ったのが1962年(昭和37年)です。
<1967年> 5年後(1967年、昭和42)に工学博士の学位を取得し、東京大学工学部都市工学科の助手になりました。学位をとるまでの私の専門は触媒化学でしたが、都市工学科に移ってからは、衛生工学という分野になりました。下水道や上水道、工場排水、廃棄物処理などを扱う分野で、やがて、環境工学の一部をなすことになりますが、当時は土木工学の一部と考えられていました。化学から土木工学に変わったのは、他に就職先がなかったからです。
<1968年> 研究とは直接関係ありませんが、1968年12月長女を出産いたしました。
<1990年> その後、1990年(平成2年)6月東大環境安全センター助教授になるまで、23年2ヶ月間助手でした。その間、1年1か月米国ミシガン州立大学で客員教授を務めました。
<1993年> 1993年4月には、同大環境安全研究センター教授(併任大学院工学系研究科都市工学専攻教授)になりました。東大の100年を超える歴史の中で、工学系でははじめての女の教授でした(大学院工学研究科と工学部を通して)。
 かくも長く、助手を務めることになった理由の一番大きなものは、国が進めていた下水道建設のあり方に私が強く反対し、しかも、その私の考えが大きな影響を与えていたからです。土木工学は、当時親方日の丸と言われ、大学と大手ゼネコン、建設省が一体になって動いており、大学や学会内でも異論を認めない、または異論のない社会でした。
 詳しくは述べませんが、私と私の周りにいた学生達に様々な圧力、妨害がありました。

<1995年> 1995年4月から横浜国立大学環境科学研究センターの教授を併任し、1996年1月からは横浜国大の専任になりました。この年、フルブライト奨学金を頂き、米国の研究所で3か月勉強いたしました。
<2001年> また、2001年4月から、横浜国大の教授を務めつつ、産業技術総合研究所化学物質リスク管理研究センターのセンター長を併任しました。横国の教授職を、2004年3月定年のため辞し、今は産総研化学物質リスク管理研究センター長専任です。

1−2)研究内容について
 専門とこれまでの仕事について述べます。
 大学院卒業までは工学部の化学で、触媒化学を専門にしておりました。大学院終了後、衛生工学に移り、水質汚濁、工場排水処理、下水処理などを専門とすることになりました。私が就職した頃は、この分野は、どちらかと言うと施設を作るための学問(土木工学)に重きがおかれていましたが、公害問題が大きな社会問題になっていくにつれて、化学や生物学が重要になっていきました。化学から土木工学への転身は、個人としては思い切った決断だったのですが、時代が必要としていたことであったとも言えます。1970年11月末には、公害国会と言われる臨時国会が開かれるのですが、これは私が都市工学科に移ってから3年半後でした。
 私は、下水道の分野で三つの大きな仕事をしました。
第1は、工場排水と家庭下水との共同処理の問題点を、調査結果と理論とを基に指摘し、家庭下水と工場排水は別に処理すべきであると主張しました。各地で下水道計画の変更が進み、下水道法第12条の大幅な改正となりました。この主張の基になった調査の方法自体が当時は非常に新しかったのです。
第2は、大規模な流域下水道に反対しました。基本的に使い捨ての思想でできていること、また、不経済である点を特に問題にしました。各地で、流域下水道計画の見直しや規模の縮小が進みました。
第3は、長野県駒ヶ根市での下水道計画の見直し過程で、個人下水道という概念を提案したことです。併せて、人口密度と選ぶべき下水道システムとの関係、その解き方を提出いたしました。個人下水道は、現在は行政的には戸別の「合併処理浄化槽」と呼ばれていますが、私が提案しました当時は、法的にも認められておりませんでしたが、その後、認められるようになり、多分、殆どすべての市町村で採用されていると思います。
<1978年> 昭和53年3月22日、私は参議院公害対策及び環境保全特別委員会で参考人として、工場排水と流域下水道の問題点につき意見を述べました。
<1981年>私は、1981年3月17日号「エコノミスト」誌に流域下水道の不経済性についての小論を発表しましたが、それは大きな反響を呼びました。1981年衆議院建設委員会で2日(3月18日、27日)、参議院建設委員会で1日(4月21日)、流域下水道の特に経済性についての議論が激しく展開されました。3月27日と4月21日の委員会での討論は、私がエコノミスト誌に書いた内容を色濃く反映したものでした。
<1985年> 1985年(昭和60年)朝日新聞社より、「水循環を目的とした下水道計画の研究」に対し、朝日学術奨励金を頂きました。

1980年代後半から、私は環境リスク学の研究をはじめました。公害のような激甚な被害はないものの、多くの事柄が環境影響をひきおこすことから、その影響を、グレイゾーンも含めて定量化する必要性を痛感するようになっていたからです。
 海のものとも山のものとも分からなかったリスク評価の科学ですが、研究仲間に恵まれ、急速に成果を挙げることができました。また、それらの結果が国の政策にも影響を与えるほどになりました。
<2001年> この年新しく発足した産業技術総合研究所に化学物質リスク管理研究センターが設立されたのも、私の研究に触発された結果であると思います。
<2003年> 4月、環境リスク管理学への貢献ということで紫綬褒章を頂きました。リスク評価の研究を本格化させたのは、娘が大学に入ってから、自分の年齢が49歳(1987年)の時ですし、わが国に環境リスクに関する研究がほとんどなかった訳ですから、とりあえず自分に残された時間内に一定の形を作ることができたことでほっと致しました。
<2006年> 化学物質リスク管理研究センターができてから5年半経過しましたが、リスク研究のひとつのモデルを作ったと自負しております。ここでの研究結果は、産業構造審議会バイオ・化学小委員会での意思決定にも使われました。

1−3)学会等社会的な活動
 私が参加している学会は、日本化学会、土木学会、環境科学会、水環境学会、大気環境学会、日本リスク研究学会、Society for Risk Analysis, Society for Environmental Toxicology and  Chemistryなどです。また、日本学術会議の連携会員でもあります。
1−3−1)情報発信のための努力 
その他に、研究成果を活かし、積極的に社会に情報と意見を発信すべく、努力を傾注して参りました。一つは、一般の方も含む広い階層への情報発信であり、もう一つは審議会の委員としての発言です。
 前者についてですが、1981年1月に「下水道通信」という手書きで不定期のニュースレターの発行を始めました。1984年からは、年10回の発行となりました。1987年から年12回の定期発行にし、「水情報」と改題しました。かなり影響力の大きなニュースレターになりましたが、17巻の3号(1997年3月)で手を引きました。そして、約1年後の1998年4月から、インターネットによる「雑感」を書き始めました。毎週、新しい記事をupすべく努力しております。内容としては、環境問題に係わる自分の考え方、新しい提案、行政施策や他の研究者の意見に対する批判、研究者や大学などのあり方についてです。私の書く記事は、かなり専門的なことが多く、毎週書き続けるのは、かなり辛い仕事です。また、多くの機関から原稿や講演の依頼を断りつつ、書き続けるのは、俗な意味で言えば割に合わないことです。しかし、どうしても続けるべきことと考え、自分にこの仕事を課しているのです。
 何か騒動が起きた後には、マスコミの報道が正しくなかったとか多くの専門家は言います。私もそのように思うことが度々あります。では、そのことを嘆く専門家は、そのような世の流れを変えるべく、行動を起こしているでしょうか?何もしていない人が多いように思います。それでは、専門家の任務を果たしていないと思うのです。マスコミ関係者が、記事なり番組なりの構想を練る前に、多くの見方、異なる見方や意見があることをマスコミ関係者に知らせる義務が専門家にはあると思うのです。
 「個人下水道」という考え方とその根拠を、私は「水情報」で積極的に書きました。もし、水情報がなかったら、「個人下水道」が日本中に広がることはなかったと思うのです。
インターネットでの「雑感」で、私は新聞などに出されていた、何人かの研究者のデータがおかしいこと、ダイオキシンがかつて日本で使われていた水田除草剤に高濃度で含まれていたこと、今でも農薬起源のダイオキシンが、東京湾や宍道湖の底質中に検出されることなどを書きました。農薬のメーカーが、私を訴えるという声が聞こえてきましたが、「雑感」上で、農薬の写真をupすることで急速に議論が収束していきました。これは、小さいとは言え、独自の「情報発信装置」を持ち、育て、信頼を得てきたからであると思っています。
1−3−2)審議会等での活動
 総合資源エネルギー調査会委員(本委員会)、産業構造審議会バイオ・化学小委員会の各種委員会やWG、環境省、厚労省関係委員会などの委員を務めてきました。また、総合科学技術会議評価専門調査会、同基本政策調査会、同基本政策推進調査会の各専門委員を務め(前二者終了)、同ナノテク・材料分野のプロジェクトチームの専門委員、日本学術振興会外部評価委員でもあります。また、1996年から2年間、朝日新聞紙面審議委員を務めました。

2.松井さんとの関係
 松井さんとの関係について述べます。松井さんは、土木工学出身で衛生工学の分野の研究をしていましたから、顔を合わせる機会は多かったです。特記すべき事項は、以下の通りです。
2−1)境川流域下水道
 私は、流域下水道に強く反対しておりました。反対運動の最も強かった愛知県境川流域下水道に対して、下水処理場予定地の地主による「収用採決取消訴訟」が1981年1月29日起こされました。その裁判で、私は地主からの依頼で証人として証言を行いました。1983年10月31日から1984年9月21日までの間に6回、証人尋問を受けました。その同じ裁判で、松井さんは、私とは反対の愛知県側の証人として2回証言を行ったと聞いておりますが、内容についてはよく知りません。
2−2)第三回化学物質のリスク評価・リスク管理に関する国際ワークショップ
 平成12年(2000年)1月27日〜28日に横浜国大で開かれた上記ワークショップの第二日目の第一分科会(モニタリング、人の健康リスク、マネジメント)のコメンテーターとして招待し、議論に参加して頂きました。本ワークショップの実行委員長は中西でした。
2−3)NEDO
 2000年12月14日、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)主催、(当時)通産省主催の「化学物質総合評価管理プログラムークショップ?」が開かれました。このプログラムの立ち上げの相談にのることが多かった私は、当日の講師の推薦を頼まれ、松井さんを推薦しました。松井さんは、「リスク評価と水環境汚染制御」という題目で講演を行いました。
2−4)科研費主査
 シンポジウムと前後して、松井さんから(当時)文部省の科学研究費補助金特定領域研究「内分泌かく乱物質の環境リスク」の領域代表を務めることになっているので、主査をお願いしたいという依頼がありました。そして、その審査を2001年2月と2002年2月に務めました。
2−5)その後は、問題になっている当該シンポジウムがあるまで、時々会議で顔を合わせる程度のつきあいです。松井さんが、環境ホルモン学会の副会長であることは、この裁判になるまで知りませんでした。

3.当該シンポジウムについて
3−1) シンポジウムの第6セッションの座長に選ばれるに至った経過
 私は、「第7回 内分泌攪乱化学物質問題に関する国際シンポジウム」(2004年12月)の専門家向けプログラム、第6セッション「リスクコミュニケーション」の座長を務めて欲しいという依頼を、04年7月5日、環境省環境保健部環境安全課長 上家 和子さんから受け、引き受けました。その時、これまでの経過について説明を受けましたが、それは以下のような内容でした。
 第7回の呼び名から分かる通り、この国際シンポジウムはすでに6回開かれてきました。
 専門家向けプログラムの中で、リスクコミュニケーションのセッションが設置されたのは、第7回が初めてです(第5回で、一般向けプログラムのパネルディスカッションにおいては「環境リスクコミュニケーション」をテーマとしてとりあげています)。専門家向けプログラムの企画・運営については、第2回までは専門家と環境省環境保健部環境安全課とが協議して行っていたのですが、第3回以降はプログラム検討会(第6回から公開で開催)での決定に基づき、各セッション構成についてはコーディネーターに一任する形で実施されてきました。第7回についても、第1〜5セッションの企画は、プログラム検討会で決定されたコーディネーターに一任されたのですが、第6セッションのみは、環境省環境安全課が企画および座長依頼を担当することとなりました。これを受けて、環境省環境安全課として、中西にリスクコミュニケーションのセッションの座長をお願いするとの説明でした。
 第6セッションの意義について、上家課長の説明は概ね、以下のような内容でした。
 (表現はそのままではありません)特に内分泌かく乱化学物質については、そのリスクコミュニケーションについて大きな問題があり、責任を感じています。今回の一般向けプログラムでは、「環境問題をどう伝えていきますか」というパネルディスカッションを開くので、専門家向けプログラムの中でも、リスクコミュニケーションについて、論じて頂きたい。特に中西先生に座長を依頼するのは、マスコミ、環境省、学者のこの問題についての従前の姿勢、流れについて批判されてきたからです。セッションのもう一人の座長、スピーカの選考、テーマ設定はすべてお任せします。
 このセッションの趣旨は、これまで内分泌かく乱化学物質のリスクコミュニケーションに問題があった、何が問題で、どうすればいいかを論ずることと理解しておりました。
3−2)セッションの論点
 セッションの論点については、2004年11月27日、中西が松井三郎さんに宛てたe-mailに書いておりますので、それを再録します。本e-mailは甲第4号証の3として出されています。
<2004年11月27日のe-mailからの引用>
 今回は、リスクコミュニケーションについて、以下のどれかまたはすべてについてご意見を述べて頂くのがいいのではないかと思っています。
1)内分泌かく乱物質についてのリスクコミュニケーションのこれまでについて良かった点、悪かった点、
2)リスクコミュニケーションを阻害する要因は何か、
3)内分泌撹乱物質だからこその問題点は何か?
4)学者として何が大事か、何をすべきか、
5)学者以外のstakeholderの役割は?
6)リスクコミュニケーションの目的は?

3−3)セッションの意味
 セッションの冒頭で、私はこのセッションの意義を話したのですが、この説明を箇条書きにすれば、以下の通りです(詳細は、乙第5号証の2)(註1)。
内分泌かく乱化学物質のリスクの大きさが大体議論できる時期になったので、それを踏まえて議論したい。
そのリスクコミュニケーションは良かったか総括すべきであり、それをしたい。
研究者からのリスクメッセージはどうあるべきか(リスクの大きさや社会的影響を考えて発言すべきではないのか)を議論してほしい。
日々リスクコミュニケーションを行っているジャーナリストから学ぶべきことがあるのでは?

(註1)発言の詳細は、以下の通りである。
“中西—— それでは、このセッションを始めます。座長の一人として最初にちょっとご挨拶をして、その後すぐに内山先生にお渡しします。私自身は、環境ホルモンやダイオキシンなど内分泌攪乱化学物質に関してそれほど詳しい人間ではありませんし、この国際会議も今日が初めてです。しかし、リスクコミュニケーションという演題のセッションの座長を引き受けましたのは、リスク評価ということを勉強しておりまして、内分泌攪乱化学物質の問題がある程度清算というか、リスクとしてどれくらいの大きさだったのかとか総括する時期に入ってきたのではないかと、そういう仕事なら出来るのではと考え、この会議に参加することにしました。この内分泌攪乱化学物質問題というのは、日本中を沸かせ、なおかつすごい大きな投資、国だけでなく事業者からの投資も大きかったと思います。そういう意味で、リスクコミュニケーションが良かったかどうかということは非常に大きな問題であり、国民的なレベルで総括が行われなければいけないと考えています。
私個人としては、かなり大きな失敗があったケースと考えなければいけないと思っています。私は研究者の立場で考えますと、やはり研究者が自分の研究したことを発表していくときに、国民、一般の人に対して発表するときには、危険の大きさ、ほかのリスクとの比較、どのくらいの大きさの危険かということを一緒に発表する義務があると考えます。今までの科学ではそういうことは出来ないし、科学者は出来なくてよかった。しかし、これからは、そういうことが出来なくてはいけないのではないか、科学者の基礎教養として、自分の研究はどういう社会的影響を与えるかということを、常に考えながら研究もし発表もしていくんだと、そういうことを教えてくれている気がします。
今回、リスクコミュニケーションのセッションの企画をまかせていただく段階で、従来研究してきた方々に加えて、ジャーナリストの方、日垣さん山形さんのお二人に来ていただきました。これは非常に珍しい人選だと思うんですが、やはり、常にリスクがあるとかないとか発表しながらお仕事をしておられる方の緊張感というものを、もっとリスクコミュニケーションを研究する側が受け止めたほうがいいのではないかと、そういう考えで、ぜひともと思い、来て頂きました。お二人がこれからも来て頂けるということはないということも考えて、なるべく私の方では希望を申し上げないで、自由に発言してください、その言葉を私たちは受け止めたいと思い企画しました。それでは内山先生へバトンタッチいたします。“

3−4)リスクコミュニケーションとは何か?
 リスクコミュニケーションとは、リスクに関する情報を関係者の間で共有することです。情報の共有とは、情報の相互伝達と問題認識に関する相互理解です。リスクコミュニケーションは、関係者のリスク評価と情報交換へのマルチプルインボルブメント(多集団の関与)を通して達成されるのです。
 災害の情報が伝達されずに、住民の避難が遅れ被害が出ることや、また、“危ない”というデマ情報が伝わり、混乱が起きる、混乱の中で別のリスクが生じてしまうことなどを避けるために、行政、事業者、研究機関、専門家が一般市民にリスク情報を如何に正確に伝えるかは、リスクコミュニケーションの中で最も重要な要素です。しかし、このような一方向的な情報伝達だけでなく、市民から専門家へ、或いは行政機関や事業者へ、或いは、事業者から行政機関へというマルチプルな経路での問題意識や情報の伝達も、リスクコミュニケーションの重要な要素です。特に、何をリスクと受け止めるかという問題意識や、生活空間で観察されるリスク兆候の発見、リスク回避に向けた知恵などは、市民から専門家や行政機関への流れの情報伝達の重要な内容です。そして、それらの情報が総合化され、リスク評価結果となり、また、それらが伝達されてゆきます。最終的な伝達情報は、リスク評価結果です。リスク評価結果は、定量的なものが望ましいですが、半定量的または定性的なものも有効な場面が多いのです。

註2.「環境リスクマネジメントハンドブック」の中で、前田恭伸氏は、リスクコミュニケーションの意味を、米国学術会議(National Research Council:NRC)の報告書での定義を引用して、以下のように解説している。NRCが、リスク認知とリスクコミュニケーション委員会を組織し、1989年に出した、大部な報告書「リスクコミュニケーションの改善」が原典である。
“リスクコミュニケーションとは、リスク問題の利害関係者、つまり、一般の人々・事業者・行政・NGOなどの間でリスクに関する情報をやりとりすることである。米国学術会議(National Research Council:NRC)(中西が訳語を変更)は、リスクコミュニケーションをつぎのように説明している*)。
「リスクコミュニケーションは個人とグループそして組織の間で情報や意見を交換する相互作用的過程である。それはリスクの特質についての多種多様のメッセージと、厳密にリスクについてではなくても、関連事や意見またはリスクメッセージに対する反応やリスク管理のための法的、制度的対処への反応についての他のメッセージを必然的に伴う」。(一部省略)
すなわちリスクコミュニケーションの目指すところは、リスク問題のさまざまな利害関係者が、それぞれの知識を共有し、互いの意見や価値観を理解することにあるのだろう。別の言い方をすれば、リスクコミュニケーションによって、関係者がリスクに関連する問題と行動の理解の水準を上げ、関係者が利用できる知識の範囲内で適切は情報が与えられていると得心できれば、そのリスクコミュニケーションは成功していると考えられる*)“
*) 林 裕造・関沢 純監訳(1997):リスクコミュニケーション 前進への提言、化学工業日報社。

4.セッションでの中西の役割
 セッション6「リスクコミュニケーション」での私の役割について述べます。
 内分泌かく乱化学物質についてのリスクコミュニケーションの問題点や今後の課題などについて、セッションの内容の企画、人選、当日の運営に責任をもつこと、大事なことは、私がこれまでの内分泌かく乱化学物質のリスクに関する情報について強く批判し、それがために選ばれたことです。
 環境ホルモン問題と言われる社会現象について、ごく簡単にふれておきたいと思います。このことは、これからもずっと研究対象になると思うのです。環境ホルモンと言われる内分泌かく乱化学物質の生体影響の研究という意味ではなく、社会現象としての環境ホルモン問題です。
 それほど異様だったのです。
 わが国で、この問題が火を噴くきっかけは、1998年5月に旧環境庁が出した「SPEED’98」という中に含まれていた「内分泌かく乱作用を有すると疑われる化学物質の中から優先的に調査すべき物質」67物質(当初67、最終的に65)のリストです。環境ホルモンで恰も人類が滅亡するかのような専門家や識者の話が新聞やTV、週刊誌で流され、そのリストに掲載された物質の追放が始まりました。それに伴い、多額の研究費が出され、98年度には補正予算だけで128億円もの環境ホルモン対策費が計上されました(註3)。
 この動きに対して、私は当初から批判的でした。と申しますのは、67物質のひとつとして挙げられているダイオキシンについて、かねてから調べていたからです。
 このことは、多くの論文となっていますが、そういう調査や論文を背景に、「環境ホルモン空騒ぎ」(新潮’45、19992年12月号)、「ダイオキシン“扇情的極論”を排す」(文藝春秋、2001年6月)などの一般向けの文章も書き、SPEED’98については強い批判をしておりました。
 環境省はリストに掲載された物質について、試験をしていましたが、2005年3月、ラットを用いた試験では、いずれについても「ヒト推定暴露量で影響が見られなかった」とし、このリストは廃止されたのです。その後の急激な沈静化は、1998年頃の報道や専門家の発言が、如何に間違ったものだったかの、何よりもの証左です。
 研究者の研究結果、マスコミの報道はもちろん、環境省の政策をも真っ向から批判していた私に「リスクコミュニケーション」セッションの座長の依頼が、環境省からあったことは、環境省の深い反省を示すものと受け取っております。
 また、環境省が特に、この時期にリスクコミュニケーションをテーマにしたのは、SPEED’98の疑わしいとされる物質リストが、制御できないほどの大きな影響を与えてしまったこと、しかし、確定した情報だけでは、潜在的なリスクを見逃す恐れがあること、その狭間で、どういう形でリスク情報を出せば良いのか、何をすべきかという悩みがあったからだと思います。この悩み、苦しみは私も共有するものです。環境省は、このシンポジウムの数ヶ月後に、リストの廃止に踏み切るわけですが、その時期だからこそ尚、必要としていたのだと思います。

註3.西川洋三「環境ホルモン」(日本評論社、2003)

5.アブストラクトについてのやりとり
 松井さんから出されたアブストラクトについて述べます。
アブストラクトを頂いた時、アブストラクトの内容が、このセッションの趣旨から外れていると強く感じましたので、内分泌かく乱化学物質の性質や環境動態の解説は省いて頂き、リスクコミュニケーションは如何にあるべきかについての意見を述べてほしいと依頼しました(甲第4号証の3)(註4)。
それに対し、松井さんから、ご希望に添う形で準備しますとの返事を頂きました(甲第4号証の2)(註5)

(註4).<2004年11月27日に中西が松井三郎さんに出したmail>甲第4号証の3と本質的に同じものです。
松井先生

中西です。ご無沙汰致しております。
17日に名古屋で開かれますシンポジウムへのご出席をご承諾頂きまして、ありがとうございます。よろしくお願いします。
ところで、先生から頂きましたシンポジウムのresumeを読ませて頂き、やや当惑しております。私が期待する内容とかなり外れているからです。
今回は、リスクコミュニケーションについて、以下のどれかまたは全てについてご意見を述べて頂くのがいいのではないかと思っています。
1)内分泌かく乱物質についてのリスクコミュニケーションのこれまでについて良かった点、悪かった点、
2)リスクコミュニケーションを阻害する要因は何か、
3)内分泌攪乱物質だからこその問題点は何か?
4)学者として何が大事か、何をすべきか、
5)学者以外のstakeholderの役割は?
6)リスクコミュニケーションの目的は?
先生の書かれたresumeの、最初の二つのまとまり、DNAマイクロアレイについて述べられている段落と、ダイオキシンや五大湖の汚染のことなどは、今回は省いて頂くの がいいように思います。時間は短い(まだ、確定ではありませんが、1回目の発表は、15分になると思います)ですし、他のセッションもありますので、内分泌攪乱物質の性質や環境動態の解説は省いて頂く方がいと思います。
あくまでも、リスクコミュニケーションがどうあるべきか、その中で学者の果たすべき役割について述べて頂きたいと思います。内分泌かく乱物質についての議論に集中してください。第三段落で述べておられる、企業の果たすべき役割について述べて頂くことは歓迎です。
くどいですが、知識ではなく、お考えを述べてください。
よろしくお願いします。
私は曖昧な言い方はきらいで、気分を悪くさせるかもしれませんが、思い切って申しあげることにしました。今のままですと、むしろ先生にとってもマイナスになるような気がします。
ただ、以上は、私の希望にすぎません。
お話されるのは先生ご自身ですし、最終的な先生のご判断は100%尊重致す所存です。
どうか、よろしくお願いします。

(註5).11月27日の中西からのmailに対する松井さんから返事(e-mail)、2004年11月28日(甲第4号証の2)

中西準子先生
ご連絡ありがとうございます。セッシオン6「リスクコムニケーション」の当日進行
方法の情報が入りましたので。やり方がわかりました。
情報がない段階で、アブストラクトを作成しました。
ご希望の点に添う形で準備します。
討論者には、内分泌撹乱物質の問題の専門家が少ないのが気になります。
松井

 

6.松井さんの発表についての印象
 松井さんの発表についての印象を述べます。延々と自己の内分泌かく乱化学物質についての研究結果を述べました。アブストラクトを読んだ際に、このようにしてほしいと申しあげ、分かりましたとのお返事を頂いているにも拘わらず、そのことが全く活かされていなかったので、呆然として聞いておりました。
 そして、1回目の発言の最後に、急にナノ粒子の問題がでてきて、しかも、人を驚かせるような見出しの新聞記事のスライド見せて(見出しし確認できないだろう)、「次は、ナノへのチャレンジです」と言ったことに驚きました。こういう方法は、リスク情報を伝えるのに最も誤解を招き易いものです。環境ホルモンで散々行われたことです。こういうことはリスクコミュニケーションとしてまずい、どうすればいいかを議論する場であるにも拘わらず、やってはいけないことをやってしまったという印象でした。また、この新聞記事の元になっていると思われる論文をその直前に読んだばかりで、かなり疑問が多いと思っていたので、尚更驚いたのです。なぜ?という気持ちでした。

7.その場での批判
 シンポジウムの場で言わなかったのは、時間も少なく、座長が意見を言うより、他のパネリストの方の発言の時間を確保しなければならないということに、気をとられていたからです。
 乙第5号証の2(録音テープ反訳)の34頁で、私は「司会者があまり個人的な意見を言うのはいけないのですが、ちょっと言わせて下さい」と断って、ご意見の基になっている誤解について話しています。司会者には、こういう制約がかかっているのです。

8.松井さんの録音とテープ
シンポジウムの録音テープについて述べます。
発言内容についてテープに特別につけ加えるほどのことはありませんが、乙第5号証の2の37頁に「がやがやとして声」とあるのは、一部不規則発言が録音されていないのだと思います。
 ここで、原告が甲第8号証として出した内容は、当日の松井さんの発表内容とは異なることは言っておきたいと思います。

9.中西のHPについて
中西のHP(雑感)については、すでに、1−3−1)に書きましたように、私は自分の研究した内容、研究結果、考えをかなり犠牲を払っても自分の努力で発信する義務があると考えて書き続けています。自己の考えを述べ、さらに、間違った主張や意見とおもえるものにはきちんと批判することが大切だと思っています。
私のHP「雑感」の主たる読者は、研究者、技術者、ジャーナリスト、行政官、政治家、学生・院生だと思います。言い換えると、この分野の専門家、他分野の専門家を対象にしています。専門的な内容についての私の意見を、大きな報道媒体で世論形成がされる前に伝えたいと思っています。その意味で、内容はかなり専門的ですが、他分野の方にも分かり易く、平易な口語的文章で書く、しかも早く出すことを目標にしています。間違いもありますが、指摘されれば直ちに修正するというスタンスです。

10.「つぎはナノ」について
 「つぎはナノ」という発言については、本当にびっくりしました。ナノという非常に新しい問題について語るのに、人を驚かすような新聞記事(事実上見出ししか読みとれない)だけを示し、それ以外の説明がなかったので、「まさに、こういうことがあってはならないということが今日の議題のはずなのに、何を言っているのか」と驚き呆れてしまったのです。

11.こういう言い方をしたのはなぜか?
 「要するに環境ホルモンは終わった、今度はナノ粒子の有害性を問題にしようという意味である。」という文章の意味について書きます。
これは、私が松井さんのpresentationを聞いて感じたことです。環境ホルモンは一段落した、つぎは、ナノ粒子の有害性が大きな問題になると言っていると私はうけとめました。
 しかし、松井さんがナノについて研究しているとは知りませんでしたし、今後始めるとも思っていませんでした。ただ、社会的に重要な問題、流れとして、環境ホルモンではなく、ナノだと言っていると受け止めていました。
 それには、以下のような背景があるからです。
 私は、この当時すでにナノ材料の有害性の研究に着手しており、相当数の論文を読み、国内外の研究グループの情報をかなりもっていました。国内外の研究の流れをまとめて2005年12月にILSI(国際生命科学協会)に原稿を送っていますが、そのような作業をしておりましたし、また、2005年6月(フランス・パリ)と12月(米国・ワシントンDC)に開かれたOECD(経済協力開発機構)の会議で、日本国代表団の一員として参加し、ナノ材料の安全性評価に対する日本の取り組みについて意見表明致しました(註6)。
 これいう情報の中で、コンサルタントの調査結果も含め、わが国におけるナノ材料の安全性研究については1990年代半ば頃からの先進的研究も含め、相当程度詳しく調べており、その中に松井さんの名前を見ることはありませんでしたし、また、環境ホルモン研究者としてしばしば名前の挙がる方の名前も見ませんでしたから、松井さんがナノの有害性について研究しているとはつゆほども考えませんでした。また、ナノ材料の安全性問題については、自分には非常に重い責任があると感じておりました。

註6:(OECDでのナノ安全性問題の論議)
1)Special Session of the Joint Meeting: Potential Implications of Manufactured Nano-Materials for the Human Health and Environmental Safety, 38th Joint Meeting Session, at OECD headquarters, Paris, 7th June, 2005.(工業生産されたナノ材料の人の健康と環境に対する安全性の潜在的な問題性:OECD第38回化学品合同会議特別セッション)
"Approaches to Societal Impacts of Nanotechnologies in Japan” (日本におけるナノ技術の社会的な影響に関する対応)(発表者:中西準子)
2)OECD Workshop on the Safety of Manufactured Nanomaterials "BUILDING COOPERATION, COORDINATION AND COMMUNICATION", December 7-9, 2005, Washington DC,USA(工業生産されたナノ材料の安全性に関するOECDワークショップ、協力、統合、コミュニケーションの構築のために)
"Japan’s Approaches to Risk Assessment of Manufactured Nanomaterials"(工業生産されたナノ材料のリスク評価に対する日本の方針)(発表者 中西準子)

13. 名誉を傷つけるか?
 私は、松井さんが環境ホルモンの研究を止める、または、ナノの研究を始めるとも思っていませんでした。また、たとえナノ粒子の有害性研究へ研究テーマを変えても、研究者として恥ずべきことでもないと思っています。

14.原論文
 原告は「原論文を読まずに新聞記事だけを鵜呑みにし」たと中西が書いたと訴状に書いておりますが、雑感にはそのようには書いておりません。
 これまでの研究結果を読む中で、ナノ材料やナノ粒子の有害性試験は、非常に難しいことが分かっていました。通常の方法ではできません。まして、毒性学者だけではとてもできない分野なのです。それだけに、論文からその意味を引き出すにしても注意が必要だとかねがね思っていました。この見出しを見たとき、Eva Oberdorsterの論文みたいなだなと思い、もしそうなら、これも問題が多い論文だがと思いました。そして、やや一般論として、「原論文の問題点に触れてほしい」と書いたのです。

 雑感の改行後の文章「学者が」は、学者はこうあってほしいという文章です。
 さらに、二回改行後の文章は、全く一般論でしかありません。

 この新聞記事(2004年8月28日京都新聞夕刊1面)の見出しは、「ナノ粒子脳に蓄積、動物実験で判明」「米、毒性評価を研究へ」となっていますが、記事は三つの研究報告に言及しております。1)Gunter Oberdorsterら(Rochester大学)の論文と2)Eva Oberdorster(南メソジスト大学)の論文、3)ミジンコに関する論文です。3)については、ここでは省きます(註7)。
 松井さんが示した記事の写真を見て、私は2)の論文の記事だと思いました。と言いますのは、2)の論文がオンライン情報や外国の新聞等で話題になっていたこと、松井さんが「
ここに書いてあるようにナノ粒子の使い方を間違えると新しい環境汚染になる」と言ったからです。また、甲第8号証(シンポジウムで使ったスライドと説明:説明は後で加えられ、正しくはない)13頁で、フラーレンやカーボンナノチューブと書いていますから、2)を意識していたと思います。
二つの論文の内容を比較しますと、以下のとおりです。

  1) Gunter 2)Eva
試験動物 ラット オオクチバス
試験物質 超微小粒子(UFP)と表現されているが、どういう物質かは不明。アルゴン雰囲気中で炭素電極を用いてアーク放電を行って作成。 フラーレンを分散化処理したもの
脳への移行 脳の一部とされる嗅球にUFPが移行したことが認められた 脳への移行は確認されていない

新聞記事には、2)についても「魚の脳に粒子が蓄積し」と書かれていますが、原論文にはそのようなことは書かれていません。
 また、1)については、嗅球という部分への移行が確かめられ、その意味では「脳にも蓄積」と書いても大きな間違いとは言えませんが、この実験でラットが吸入した粒子がナノサイズであることは分かっていますが、アーク放電でどういう物質ができているかは不明です。つまり、工業生産されたナノ粒子ではないのです。2005年ドイツのボンで開かれたワークショップ(3))でGunter Oberdorsterの講演があり、質問がありました。その時、Gunterは、これがどういう物質かは分からないと答えています。私も聞きたいと思っていた質問でした。講演の後、Gunterに会って、こういうものならこれまでにも(自然界にも)存在したのではないかと聞きますと、その通りと言っていました。また、Gunterは、別の論文(?)で、嗅球粘膜の重要性がヒトとげっし動物では異なることについて注意を喚起しています。

  (註7)
の論文:G.Oberdorster et al., Translocation of inhaled ultrafine particles to the brain, Inhalation Toxicology, Vol.16, pp.437-445(2004)
の論文:Eva Oberdorster, Manufactured Nanomaterials(Fullerenes, C60) Induce Oxidative Stress in the Brain of Juvenile Largemouth Bass, Environmental Health Perspective, Vol.112, No. 10, pp.1058-1062(2004)
”Dialogue on the evaluation of synthetic nanoparticles in work and environmental areas” October 11-12,2004、Bonn, Germany
Gunter Oberdorster, Eva Oberdorster and Jan Oberdorster, Nanotoxicology: An Emerging Discipline Evolving from Studies of Ultrafine Particles, Environmental Perspecives, Vol.113, No.7, pp.823-839(2005)

15.科研費ナノ研究
 松井さんは、平成17年度(2005)と平成18年度(2006)に、文科省(日本学術振興会)による科学研究費補助金を「ナノ素材の毒性・代謝機構とその環境影響評価」のテーマで受けています。
 このことは、2005年になって外部の方から教えて頂くまで全く知りませんでした。平成17年度の研究費申請しめきりは10月頃(2004年秋)ですから、問題になっているシンポジウムが開かれた2004年12月には、既に申請していたことになります。また、第1回口頭弁論が開かれた2005年5月27日には、すでに交付決定が通知されていたと思われます。

16.研究費と研究者
 松井さんが、ナノ研究で科研費を受けていたということを知ると、研究者はひどく驚き、呆れます。その受け止め方は、松井さんがナノに関心を移しているという証拠が出ているではないか、それで、ナノに関心を移したように書かれ、名誉毀損とは何事かということなのです。
 研究費問題は、研究者集団(研究者コミュニティ)の中の方とコミュニティの外側の方との受け止め方が大きく異なると思います。研究者の中でも、文系と実験を必要とする理工系研究者とでは大きく異なるかも知れません。実験をしなければならない研究者は、研究費なしに研究はできません。理論ならともかく、実験を伴う研究では、外部からの研究費なしに研究を続けることは、ほぼできなくなっています。研究テーマを指定されない研究費はほとんどなくなっておりますので、何らかの研究目的で、一定の成果を約束して研究費の交付を受けるのです。他の目的に使うことは許されておりません。しかし、複数の研究費を受けていれば、複数の研究をできるのです。研究費獲得のためには熾烈な競争がありますから、中途半端な気持ちで研究費を受けることもできません。まさに、真剣勝負の世界なのです。したがって、新分野で研究費を受けることは、明瞭にテーマの変更を意味しているのです。それが悪いというのではなく、“「原告が」、「別の新たな課題(ナノ粒子の有害性)へと関心を移していること」を事実摘示したことが名誉毀損である”(訴状2.被告による名誉毀損行為(2)?)と主張していますが、ナノで研究費を申請し、研究費を受け取っていることは明らかに「関心が移った」ことなのです。これ以上の証拠はないというのが研究者仲間の受け取り方です。関心がないのに、研究費を受け取れば、それは研究費の不正利用、不正流用です。

17.HPでの記述に対する他の方からの意見
 松井さん以外に、お二人の方から意見がありました。いずれも、松井さんから連絡を受けたと言ってきました。お一人は、シンポジウムのパネリストの方から、削除をもとめられましたので削除しました。また、もうお一人は、スチレンダイマーとトリマーの溶出に関する記述が違うというご指摘でした。このことについては、ご意見を頂いた方と数回mailのやりとりをして、雑感298-2005.3.31に「スチレンオリゴマーについての記述の訂正と補足記事」という記事を書きました。これらの経過について、また、お名前について、全文を掲載したいと思いましたが、ご本人が秘匿したいとのことでしたので、お名前や詳しい経過を書きませんでした。

註8:パネリストからの意見
1.趣旨が違うように思えること
2.できれば、掲載は公的な議事録にてお願い致したくと思っております

18.松井さんからのクレーム
 甲第3号証(甲第5号証の2,甲第6号証と同じ)で出されているe-mailでの抗議を2005年1月17日に頂きました。内容はあえて書きません。

19.中西の対応(提訴とその直後までの動き)
 2005年1 月18日、松井さんから、雑感に関する抗議のe-mailを受け取りました(甲第5号証の1として提出されたe-mail).その日に、雑感286を削除し、松井さんにe-mailでその旨伝えました(甲第6号証).
 1月20日、雑感に「謝罪」という記事を掲載しました。雑感286を引き下げたこと、「もう一度検討し、私なりの考えを発表します。私に非のあることについては、その時点でもう一度謝罪させて頂きます。withdrawに至りましたことを、読者の皆さんに謝罪致します。
現在、年度末の仕事に追われており、なかなか時間を作ることができません。やや遅くなることをお許しください。どんなに遅くなっても、年度内には結論を出します。」と書きました。
 2005年3月末までに、見解を出すべく準備していた折、2005年3月13日、松井さんに問い合わせのmailを出しましたところ、3月15日、松井さんから「名誉毀損で提訴する準備をしています」とのe-mail(甲第7号証の2)が届きました。その3時間後頃に、毎日新聞横浜支局の記者から電話があり、名誉毀損で訴状が横浜地裁に出されるとのことだがと言って、感想を求められました。
 2005年3月16日 訴状が横浜地裁(平17.ワ914号)に出されたことを新聞で知りました。毎日新聞、読売新聞WEB版に記事が掲載されました。3月16日、原告代理人中下裕子弁護士がプレスリリースを行ったことを後で知りました。この文書は、化学物質問題市民研究会のウェブサイト(http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/keijiban/keijiban_master.html)で公開されました(公開の日時不明だが、3月17日以前)

(註8)
2005年3月17日、毎日新聞、読売新聞に記事。読売新聞、東京新聞横浜版、神奈川新聞にも報道がありました。
(註8):2005年3月17日かそれ以前に、化学物質問題市民研究会のウェブサイトにて、松井氏が提出した訴状が掲載された。この際、原告被告双方の住所がそのまま記載された状態であった。これに対し横国教官から激しい抗議があり、取り下げられたが、今でもネット上で見ることができる。5月6日付けで、中西宛に化学物質問題市民研究会安間武さんから謝罪状が届いた。

20.具体的な損害
 一番大きなことは、精神的なことです。私は、ルールを守らないことがきらいな性分ですので、ひどくショックを受けました。提訴された当初に比べれば、最近は相当気分が楽になっていますが、やはり憂うつな感じは続いています。
「巻き込まれるのがいやだから、仕事を受けない」と言われた(直接ではない)ことがあります。
 公的な集まりに、急に招かれなくなったことがあります。こういう類のことは、相当な数になっていると思います。
 膨大な時間をとられています。通常の仕事は、組織内に手伝う人がいるわけですが、個人のことですし、また、他の個人との関わりがあることから、他の方に手伝って頂けないので、本当に寝る時間がないという状況が続いています。
 悩みもあります。こういうことで、ペンを折るということをしてはいけないという使命感で書き続けていますが、やはり、裁判には不利になるという忠告もあります。とても、悩むところです。私を応援して下さっている方のご負担も気になるところです。

21.乙8号、9号について
乙第8号証と第9号証について説明します。
21−1)ご意見執筆のお願い
この裁判、特に私の書いた雑感についての感想を裁判所に提出すべく、書いて頂きたいとお願いしました。その趣旨は、雑感330(2006年1月16日)に書きました。ここに引用します。
「雑感330からの引用すでに、ご存知のことと思いますが、2005年3月16日京都大学地球環境学大学院地球環境学堂教授の松井三郎さんから、私は名誉毀損で訴えられました(横浜地裁:平成17年(ワ)第914号損害賠償請求事件)。
 それは、私が自己のホームページの2004年12月24日に掲載した文章、雑感286「環境省のシンポジウムを終わって−リスクコミュニケーションにおける研究者の役割と責任−」(以下、雑感286と略す)によって、名誉が毀損されたというものです。
しかし、原告から出された訴状、準備書面、上申書などを見てもどこが名誉毀損に該当するかどうしても理解できません。しかし、理解できないとして済ますには余りにも事は重大です。私個人についても、深い痛みを伴うことですが、それ以上に、日本社会の問題として看過できない重大な意味をもっています。
私を支援するグループもできていますが、そのきっかけは中西個人に対する思いやりの他に、この事件で原告勝訴とか、喧嘩両成敗的な判決が出たら、今後言論や相互批判が制限されてしまうという危機感が強いと思います。
私自身も当初は個人に降ってきた災難のように受け止めていたのですが、徐々に、個人の問題にとどめてはいけないと考えるようになっています。そして、05年9月21日に反訴に踏み切りました。
すでに口頭弁論が4回開かれ、今年の秋には大詰めを迎えると予想しております。この間、多くの方から支援をしたいが、どういうことができるかの問い合わせを頂いております。いろいろ考えた末、以下のようなご支援をお願いすることにしました。
「この裁判の出発点になっている雑感286を読んで頂いた上で、この裁判との関連でどのように受け止められたか、その感想などを書いて頂きたいのです。また、もしシンポジウムに参加された方がおられましたら、その感想なども書いてください。それを裁判所に証拠として提出致します。」
この意味は、こうです。
民事の名誉毀損事件では、争点になっている文書を読んで一般の人がどのように受け止めるかが、重要な参考資料になるとのことです。
そこで、皆さんのご意見を頂きたいのです。署名運動ではありません。それぞれの個人の経験や仕事、生活実感に根ざしたご意見を出して頂きたいのです。是非とも、多くの方にご意見を出して頂きたくお願いする次第です。
21−2)依頼の方法と頂いたご意見
2006年4月4日までに頂いたご意見143通を裁判所に提出致しました。その内54通は郵送で頂き、乙第8号証として、89通はe-mailで頂き、乙第9号証として提出致しました。

21−3)頂いたご意見の内容
氏名、住所を明らかにするという条件で、これだけ多くの方がご意見を書かれたことにまず、敬服致しました。
頂いたご意見を読みまして、そのご意見の多様さに心打たれました。皆さん違うことを書かれていました。ご自分の経験に照らし、或いは、専門に照らし、ご意見を書いています。そして、最後は、この提訴のひどさについて述べています。私はあらためて、日本人の知的レベルの高さに感嘆致しました。氏名、住所のみならず、官職名を書いてこられた方もいます、覚悟が伝わって参りました。
 
22.裁判所への要望
何よりも、健全な言論が阻害され、皆が口を噤むような社会にならないような判決を望みます。
また、日本の学会や、新聞なども含めて相互批判が少ないのです。例えば、新聞などの書評もそうですが、どのグループに属しているかで内容が決まる傾向があります。私は多くの書評を書いてきましたが、そのことで、ある研究グループから外されることになったこともあります。仲間内ですと、批評を批評として受け止めることができず、裏切りとしか考えないのです。学会内でも、大学内でも派閥抗争はありますが、自由な批判は意外とありません。何とか、こういう状況を変えたいのです。今回の判決で、皆が今以上に口を噤むことにならないようにしてください。私が提訴されてから、私や松井さんに近い分野の???上での発言は、明らかに減っています。また、個人名が伏せられる傾向が明らかに出ています。どうか、こういうことのないようにお願いします。
この裁判の過程で、原告の主張した「事実」が次々と崩れている、つまり虚偽だったことについて、私は強い憤りを抱いています。この点について、厳しい措置をとって頂きたいと思います。
1) ナノの危険性について、これこれこう説明したと主張し、スライドの説明まで出されましたが、こういう説明がなかったことが録音テープで明らかになりました。
 さらに、ナノに関心を移したように書かれ、名誉毀損だと主張しつつ、ナノに関する研究費を申請していました。これは、大学に勤務する方から教えて頂き、明らかになりました。
私の場合、たまたま私の講演を録音している方がおられ、テープを入手することができました。したがって、事実関係で争う必要もなくなりました。もし、テープがなかったら、と思うとぞっとします。水掛け論みたいな争いが続き、喧嘩両成敗になった、いや、松井さんが怒っているのだから、何かあったのだろうみたいになったかもしれません。テープの存在など考えずに書いたのでしょうが、テープがなければこういうことが通ってしまうという恐ろしさを考えて、判決を出して頂きたいのです。
 2)もそうです。偶々教えて下さった方がいて、こういう事実が分かりました。こういうことで、傷つけられたと言えば、それが通るとすれば、とんでもないことです。
こういう事実をねじ曲げることを許してはいけないということを強調したいです。また、事実をねじ曲げてまで、提訴するのは、訴状に書かれていることが本当の意図ではなく、他の目的で提訴し、陥れようとしていることの証左だと思うのです。