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名誉毀損とは

根拠条文

 もともと、名誉毀損というのは、他人の悪口を言いふらしてはいけない、という道徳的な要請があって、法律でも定められているものである。社会的評価をネガティブに変動させる内容を,一般の目に触れるところに出すと,原則として名誉毀損が成立する。注意しなければならないのは,本当のことを言っても名誉毀損が成立するということである。法律は,虚名も保護の対象にしている。

 法律上の「名誉」には三種類ある。自己や他人が自身に対して下す評価から離れて、客観的にその人の内部に備わっている価値そのものである「内部的名誉」、人に対して社会が与える評価である「外部的名誉」、自分が自分の価値について有している意識や感情である「名誉感情(主観的名誉)」の三つである(「名誉毀損の法律実務」佃克彦)。
名誉毀損でいう「名誉」とは、外部的名誉を意味する。名誉毀損が成立するには、他人の社会的評価が低下することが必用である。「人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害」すること、となっている。

 なお,法律の世界では,「原則」とくれば,必ず「例外」がある。ネガティブな内容を公言したら全て名誉毀損になって刑事と民事の両方で責任を問われるというのでは,正当な批判もできなくなってしまう。

 わかりやすいのは、具体的な条文のある刑法だろう。何をすると処罰するかあらかじめ国民に知らせておかなければならないので、具体的に「やってはいけないこと」が定められている。

     第三十四章 名誉に対する罪

(名誉毀損)
第二百三十条  公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
2  死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

(公共の利害に関する場合の特例)
第二百三十条の二  前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2  前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3  前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

(侮辱)
第二百三十一条  事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、一年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

 230条で「原則」を決めた後,230条の2で「例外」を定めている。

 民法には、名誉毀損に関して個別に決められた条文はない。もっと広く、他人に損害を与えたら賠償金を支払え、という内容として定められた抽象的な条文を使うことになる。

    第五章 不法行為

(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

(財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

 権利侵害のほとんどをこの条文でカバーしている。権利侵害の起こり方は多種多様であるので,あらかじめ全て列挙するのは不可能であるため,このような抽象的な書き方になっている。名誉毀損を民事で争う場合の免責要件については,刑法230条の2に準じるということが,判例とこれまでの運用で確立している。従って,名誉毀損を理由に提訴された場合は,刑法230条の2の免責要件を被告が主張し,認められれば免責されることになる。

 一般に,民事訴訟では提訴する側が損害の立証などを行うことになるが,名誉毀損に限っては,免責要件の立証を被告が行うことになる。名誉毀損の原告は素人が本人訴訟でもまあまあできるが(例:三浦和義著「弁護士いらず―本人訴訟必勝マニュアル」),名誉毀損の被告になると何かと面倒臭いし主張立証が難しいので弁護士にお願いするべきだとよく言われるのはこのためである。

名誉毀損の型

 名誉毀損には,事実摘示型と意見論評型の2つがある。この2つの違いは,免責要件の適用のされ方が異なる。このあたりは条文を読んでもわからないが,専門の教科書や参考書には書いてある。

 まず,事実摘示による名誉毀損の免責要件は,
1.「事実の公共性」つまり表現が「公共の利害に関する事実」であること
2.「目的の公共性」表現の目的が「もっぱら公益を図る目的」であること
3-1 「真実性」摘示事実が真実であると証明されること
 または
3-2「真実相当性」摘示事実が真実であると信ずるについて相当の理由があること
である。これらは全て被告側に立証責任がある。

 真実性と真実相当性の判断基準時にも違いがある。真実性については事実審の口頭弁論終結時に判断される。真実相当性については名誉毀損の行為時にどうであったかで判断される。

 次に,表現の内容が事実摘示か意見論評かによっても判断基準が分かれてくる。

 最判平9年9月9日(民集51巻8号3804頁)によると「ある事実を基礎としてなされた意見ないし論評の表明による名誉毀損にあって は、①その行為が公共の利害に関わる事実に係わり、かつ、②その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、③意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、違法性を欠く。」「そして、前提としての事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、故意、過失は否定される。」 とあるので,これに従って判断されることになる。

 事実摘示と意見論評の振り分けについては,第二小判1998.1.30が「証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を…主張するものと理解されるときには、同部分は事実を摘示するものと見るのが相当である」と判示している。

 実務では,判例=最高裁が出した判決,が,条文の次ぐらいに重要視されているので,判例に従って主張していくことになる。

歴史的事情

 刑法の名誉毀損の条文ができた時には,インターネットの影も形もなかった。そもそも一般の人は「公然と」何かを表現する手段をほとんど持たなかった。名誉毀損の被告になるのはそこそこ力(=経済力と取材力)のあるマスコミで,名誉毀損されて原告になるのは政治家や芸能人といった名の通った人,ということがほとんどだった。例外的に個人で町内に怪文書をばらまいたり人通りの多い所に掲示したりすると名誉毀損が成立する,という程度だった。このため,被告に免責要件の立証を課してもまあまあバランスがとれていた。また,名誉毀損と具体的な損害を結びつけるのも難しいので,そこは緩くしておかないと救済が困難になるという面もあった。

 ところが時代が変わり,一般人が気軽に公然と表現できる手段を手に入れてしまい,一般人同士で名誉毀損を争うことになったのに,法律の方は,力のある政治家vs.力のあるマスコミ,の時代のものと全く変わっていない。そのままでいいのかどうかという問題は別途検討してほしいところではある。