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準備書面(1)(2005/09/16)

準備書面(1)(被告:中西氏提出書類)

本件訴訟は2007年3月に第一審判決が言い渡され、既に確定しています。このページは、ネット上の表現を巡る紛争の記録として、そのままの形で残しているものです。

○に数字は機種依存文字であるので、半角の1)、2)などに置き換えた。


平成17年(ワ)第914号損害賠償請求事件
原告 松井三郎
被告 中西準子

準備書面1

2005(平成17)年9月16日

横浜地方裁判所民事第9部合議係 御中

被告訴訟代理人 弘中惇一郎
 同 弁護士 弘中絵里  

1 本件HP記事と原告の主張の問題
 本件HP記事の内容は甲1号証のとおりである。
  ところで、原告は、これを訴状請求原因2(2)の事実摘示であるとして、さらに同(3)のような印象を一般に与えたとしている。
  まず、(2)の1)の点については、そのようなことがなぜ原告の社会的評価を低下させることになるのかが不明である(一般に研究者が別のテーマに関心を持つことは社会的評価に影響しない)上に、本件HP記事から(3)の「研究対象と短期間で次々と変更」という評価が導き出せるはずもない。
  次に(2)の2)の点については、本件HP記事に「原論文を十分に吟味することなく」などという記載はない。
  さたに、「原論文を十分に吟味しない」ことから、(3)の「原論文を読まずに」に飛躍する理由も不明である。

2 名誉毀損における事実と意見
  ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶ意見など意見ないし論評の域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性を欠くものである(最高裁第3小法廷9年9月9日集51. 8. 3804)。

3 本件における事実と意見
 これを本件に即して言うならば、本件シンポジウムにおいて、原告が、シンポジストとしての発表として、
  1)新聞記事のスライドを見せて、
  2)「次はナノです」という趣旨のことを言った
 というのが前提事実である。
 さらに言えば、その後の本件ホームページの記述内容からして、意見の前提として、
  3)新聞記事以外に原論文の指摘及びその問題点の指摘が欠落していたこと
  4)新聞にこう書いてあるが自分はこう思う、といった発言も欠落していたこと
 も前提事実とする余地もあるかもしれない。
 すなわち、本件で問題とすべき事実は、最大限以上の1)〜4)の事実である。
  原告が本件訴状で問題としているところの事実、5)「原告はすでに環境ホルモン問題は終わったものと考え、別の新たな課題へと関心を移している」6)「原告が、原論文を十分に吟味することなく、新聞記事をそのまま紹介した」との点は、前述のとおり、本件HPの記事を正確に要約したものとは言い難いが、仮に、この点を措くとしても、これらが上記の事実に基づいての被告の意見であることは明らかである。
  なお、このうち、5)は、それ自体、特に社会的評価を下げさせるようなこととも思えず、名誉毀損になるのか否か自体に疑問がある。

4 本件事実摘示の真実性
 そこで、当日の原告の発言及びプレゼンテーションであるが、
 1)については争いのない事実である。
 2)原告が、発言の最後の部分で「次はナノです」と言ったこと、さらに具体的には「私は次のチャレンジは」ナノ粒子だと思っています」と言ったことも事実である(否定するのなら立証する予定である)。
 3)ナノ粒子について、新聞記事をスライドで提示した以外に、論文の指摘すらなかったことも事実である(否定するのなら立証する予定である)。
 4)新聞記事についても、「ここに書いてるようにナノ粒子の使い方の問題を間違えると新しい環境汚染になる」としたのみで、その記事内容についての、原告独自の意見が何ら提示されなかったことも事実である(否定するのなら立証する予定である)。
 なお、甲第8号証13ページの「口頭説明の要点」なるものが、当日、原告より発言された事実はない。

5 被告の意見の妥当性
 そもそも、このように、前提事実がすべて真実である以上は、それに基づく意見について名誉毀損が成立する余地はない。例外的に、意見発表に名を借りた人身攻撃の場合は問題があるが、被告の意図がそのようなものでないことは明らかである。
 したがって、上記の事実に基づく被告の意見が妥当なものか否かについては、問題にする余地がないものであるが、なお、事情としては若干の意味があることを考えて、以下の点を付言する。
 被告が1)ないし4)の事実に基づいて本件ホームページで記述した意見内容が妥当なものであることは、いかの2点により明らかである。
 第1は、本件シンポジウムの目的である。本件シンポジウムの第6セッションは「リスクコミュニケーションのあり方」を問題にしたものである。本件シンポジウムは、毎年開かれてきた内分泌撹乱問題に関する国際シンポジウムの第7回目であるが、「リスクコミュニケーション」セッションは、第7回目に初めて開かれたものであり、また、一般向けプログラムのパネルディスカッション「環境ホルモン問題をどう伝えていきますか」とも深く関連したものである。つまり、環境ホルモンの問題点、特に、危険性の程度を過不足なく、どのように伝えるべきかが大きな問題であったが故に開かれたものである。
 被告が、本セッションの冒頭に、「一般の人に対して発表するときには、危険の大きさ、ほかのリスクとの比較、どのくらいの大きさの危険ということを一緒に発表する義務がある」という点を指摘していたのも、その観点からのものである。
 したがって、いかに誤解のないように市民に伝えるか、また、市民から意見を聞くか、の点を無視して、いきなりナノ粒子の危険性情報を示すなどということは、本件シンポジウムの目的に反するものであり、被告としては、到底座視できないものと考えたのである。
 第2は、原告の発表の仕方である。ナノ粒子の危険をどのように考えるかは、きわめて重要な問題であり、新しい問題であるが故に、環境ホルモンのリスクコミュニケーションの問題点を踏まえた意見発表を行うべきである。
これについて、環境ホルモンの有害性メカニズムについて論じた後に、漠然と、しかもセンセーショナルな新聞記事のみを提示して、いかにもナノ粒子が大変危険なものであるかのように提示するようなことは、学者として行うべきことではなかった。

以上