本件訴訟の経緯
本件訴訟の経緯を、時間を追ってまとめます。現在、ウェブ上の文書と書証から明らかになった情報をもとに構成しています。裁判手続きそのものは色を変えて表示しています。あと、吉岡氏がお茶の水大に対して送った要望書やらその他の書類やらの送付のタイミングが抜けてます。訴訟の過程で明らかになるとは思いますが……。多分2回くらいは、ウェブコンテンツ全部に対する削除依頼を出して、形式を満たしてないという理由で却下されているはず。
- 2002年
吉岡氏なる人物の存在を、「市民のための環境学ガイド」の中の、「マイナスイオン代理戦争07.06.2002」 「マイナスイオンを擁護する人からの反論07.04.2002」で読んで知る。※ウェブサイト本体は一度移転しているし、当該ページは別のサイトに保存されているが、制作者は国連大学の安井至さんである。
- 2003/11/22
吉岡英介氏から最初のメール。以後、2003/12/25まで、数回やりとりが続いた(その1/その2/その3/その4)。
(確か、この時点でまだ吉岡氏と天羽の間には面識が無かった。吉岡氏がどの会社の製品に関わっているかもメールからは不明。空気清浄機か何かを売っているマイナスイオンの人だと思っていたので、ちょっと意外だった。)
- 2004/03/10
ウォーターサイエンスフォーラムで天羽が講演。
(記憶に間違いがなければ、この時吉岡氏と初めて会って普通に名刺交換したと思う。)
- 2005年10月
吉岡氏が「お茶の水女子大学に対する要望書」を作り、お茶の水大の学長宛に持参した。
www.minusionwater.comに同じ内容がアップされたのもこの頃。
(約2年間ほとんど何もなく、いきなりだったので、一体何が起きたのかと不思議だった。確かこの頃、吉岡氏が販売しているのが株式会社エッチアールディーのダイポールという磁気活水器だったことが判明した。本を出した目的は、後から、公取の調査に対抗するためにやっていたことがわかった。)
- 2005年 11月
吉岡氏が「水は変わる」を自費出版した。(この本の内容は、10月に届けられた要望書とほぼ同じである)
- 2006年1月
吉岡氏は、「水は変わる」を、お茶の水女子大学理学部長宛に、書状と共に郵送した。
- 2005/12/26
株式会社エッチアールディーを含む3社に対して公正取引委員会による排除命令。
- 2007/02/10
掲示板への投稿[23200]で、吉岡氏が新会社を設立し、マグローブという磁気活水器の販売を始めたことが書かれた。
当初、吉岡氏のサイトは商品名が伏せ字のようになっていて、サーチエンジンで引っ掛からない状態だった。ウォッチャーが増え始めて、吉岡氏の新会社がネタになる。マルチだという匿名の書き込みがあったり、公取の排除命令を認めないという姿勢が話題になったりした。
- 2007/02/13
本件訴訟の原因となった書き込み[23211](甲4)。([23208]の、マルチであるという発言を受けてのコメント)。
- 2007/02/21
吉岡氏が代理人弁護士を通じて、内容証明で掲示板の記事の削除依頼をお茶の水大に対して出した。(甲7)
- 2007/02/26
お茶の水大が、 テレサ協のフォーマットで出し直すように回答した。(甲8)
- 2007/03/09
吉岡氏が代理人弁護士を通じて、フォーマットに沿った削除依頼を出した。 (甲9)
- 2007/04/16
削除依頼に対するお茶の水大の返事
。
(甲10) - 2007/06/08
吉岡氏がお茶の水大を神戸地裁に提訴。
(お茶の水大側は箝口令を出し、冨永教授に対しても提訴されたことを(私も含めて)外に漏らすな、と職務命令を出していた。間もなく吉岡氏がウェブサイトで提訴したことを公表したため、大学側の箝口令は無意味なものとなった。)
- 2007/06/29
法律事務所ヒロナカにて、弘中絵里弁護士に相談。私が持って行った最初の案は「削除義務不存在確認訴訟を別に提起し審理併合を申し出る」というものだったが、「それでは元の訴訟を止められないので、非常にイレギュラーな方法だが独立当事者参加の方がいいのでは」というのが弘中絵里弁護士のアドバイスだった。「事務所が小さいし裁判所が遠いので(移動が大変だから)受任はちょっと……」と言われたので、当事者参加の申出書の書式をもらってきて、自分で書くつもりで調べ始めた。そうしたら、弘中惇一郎弁護士の「神戸地裁には行ったことがないので一度見たい」の一言で受任可能という連絡が来た……。
この直後くらいに、お茶の水大の顧問弁護士(井口さん)に、独立当事者参加するつもりがあることを、冨永経由で伝えてもらった。
- 2007/07/17
第1回口頭弁論。
被告:答弁書、乙1〜乙5号証まで提出
天羽も冨永も国際会議でオーストラリアのパースに出かけていて傍聴できず。
- 2007/07/30
2回目の打ち合わせ。冨永も同席。主任弘中絵里弁護士ということで、訴訟代理を委任。独立当事者参加人は天羽のみ。
- 2007/09/11
第2回口頭弁論。
原告:準備書面1、甲11〜甲25まで提出。
天羽本人、代理人弘中絵里が独立当事者参加の申出。独立当事者参加の申出書、丙1号証提出。
冨永は別の住民訴訟の弁論の準備(原告)等で忙しいので傍聴できず。
- 2007/11/13
第3回口頭弁論。
原告:準備書面2、甲26号証を提出
被告:準備書面1提出
参加人:準備書面1提出
- 2008/01/30
第4回口頭弁論
被告:準備書面2提出
参加人:準備書面2、証拠説明書、丙2〜丙15号証提出
冨永靖徳本人が出廷、独立当事者参加の申出書提出。代理人は壇俊光。
- 2008/03/19
第5回口頭弁論
原告:準備書面3提出、甲27〜甲32号証提出
参加人(冨永):準備書面1提出
- 2008/05/21
第6回口頭弁論
原告:準備書面4提出、甲33〜甲43の44号証提出
参加人(天羽):準備書面2,丙16〜丙18の2号証提出
参加人(冨永):準備書面2提出
- 2008/07/09
第7回口頭弁論
原告:証拠申出書、証拠説明書、甲44,甲45号証提出
被告:第3準備書面提出
参加人(天羽):証拠説明書、丙19号証(意見書)提出
参加人(冨永):準備書面3、証拠説明書、丁1、2号証提出
- 2008/10/22
第8回口頭弁論(当事者の尋問及び反対尋問)
参加人(天羽):丙35,36号証提出
---apj
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